1.はじめに
同潤会江戸川アパートメント(以下「江戸川アパート」といいます)建替え事業は、私が勤務先の社内コンサルタントとして最初に関わった建替え案件でした。2000年の11月頃の話だったと記憶していますが、当時、建替え計画に何度も挫折してきた江戸川アパートの管理組合が、建替え計画を改めて仕切りなおすことなり、改めて事業者のコンペをした結果、私の勤務先だった旭化成株式会社の都市開発部門(現、旭化成不動産ホームズ株式会社開発第一営業本部。以下「旭化成」という)が選定されたことがそのきっかけとなります。
当時は、旭化成にも、また私自身も建替えはおろか、建物の区分所有等に関する法律(以下、「区分所有法」といいます)についての知識はほとんどなかったのですが、「私たちには合意形成についてのノウハウはあるので、わからないことは走りながら学ぶこととして、何が何でも事業を成功させる」という考えのもと、具体的な事業をスタートすることとなりました。もっとも、実際には区分所有法で規定する建替え決議の手続きで事業を進めなければいけないので、同法について一通りの知識をつける必要を感じ、必死になって勉強をしたことを昨日のように覚えています。
なお、マンションの建替えは、単に区分所有法の知見だけでなく、区分所有法以外の法律や税金から始まり、建築、・不動産の評価・不動産実務等様々な分野についての総合力が必要ですし、何よりも区分所有者個々への対応も不可欠です。
その意味では、江戸川アパートの管理組合をはじめ、社内外の専門家の協力を得て、何とか事業を成功に導くことができた次第です。

建替え前の江戸川アパート
2.全員同意の難しさ
江戸川アパートにおいて建替え計画が進まなかった主たる理由は、そもそも「230人を超える区分所有者全員の同意による建替え」を目指してきたことでした。しかしながら、建物も限界に近い状態にあったため、全員同意にこだわっていては大きな問題も起きる可能性も考えられたため、管理組合の理事会が「区分所有法の建替え決議」により建替えを進める方向に舵を切る決定をしたうえで、事業者の選定をしたと聞いています。当時聞いた話では、かつて建替えの合意率が95%近くになったこともあったそうですが、最後の5%を説得することができず計画が頓挫したときもあったようです。
それまでの間、全員同意を目指していた理由ですが、江戸川アパートは、社交室という名称の集会室をベースにサークル活動なども盛んだった等、住民相互で親しく交流できるコミュニティが形成されていたため、区分所有者の共有財産である建物の「建替え」を進めるときは全員が納得すべきであるという考え方が強かったようです。また、そもそも1983年に区分所有法が改正されるまでは、区分所有法にも建替え決議の条項がなかったので建替えは全員同意で進めるしか手はない状況でしたし、1983年の法改正以降も、阪神淡路の復興事例を除くと、区分所有法による建替え決議の事例はほとんどなかったことも事実でした。
現実に、私たちがこの問題に関わることとなった2000年当時でも、マンションの建替えを解説する文献はほとんどなく、また当時の建設省もマンション建替えにかかるマニュアル等は公表していない状況でした(マンション建替え実務マニュアルが公表されたのは、2005年のことです。)
そのため、この時期までに建替えが実現したマンションのほとんどは、区分所有者全員の同意で行われていたわけですから、全員同意で建替えを目指すという江戸川アパートの方針は無理筋ともいえない状態だったと考えてよいでしょう。
しかしながら、区分所有者数が200名を超え、区分所有者の高齢化も進んでいた江戸川アパートで「全員同意」を採ることは至難の業でした。一方で、様々な理由から建物が限界に近い状況だったため、早期の建替えは不可欠と考えられていたので、当時の管理組合の理事長だった伊藤直明氏の決断で、区分所有法の建替え決議による建替えを目指すこととなった次第です。
3.建替え決議
区分所有法では、区分所有者集会において、区分所有者と議決権のそれぞれ5分の4以上の賛成によりマンションの建替えを決議できる旨の規定をおいています。また、建替え決議に賛成しなかった区分所有者に対して、建替え決議集会の招集者は「建替え決議の内容で建替えに参加することの可否」を速やかに書面で照会する必要があります(以下、この書面による手続きを「催告」といいます。区分所有法63条1項)。ちなみに、建替え決議非賛成者は、催告が到達してから2月以内に、「建替えに参加する」旨の意思表示をしたときは、建替え決議賛成者とともに建替えに参加することになります。
一方で、催告到達後2月以内に建替えに参加する旨の意思表示をしなかった区分所有者及び、建替えに不参加の意思表示をした区分所有者は建替えへの不参加が決定します。そして、彼らに対しては、建替え参加者もしくは建替え参加者全員が同意した買受指定者(建替えを、マンションの建替え等の円滑化に関する法律による組合施行方式で進めるときは、マンション建替組合)が区分所有権と敷地利用権を時価で売り渡すべき旨の権利(以下、「売渡し請求権」と言います)を行使することができます。
図 建替え決議の仕組みについて

筆者作成の講演資料から転載
この「催告」と「売渡請求権」の仕組みにより、少数の反対者がいたとしても、建替えを進めることができるようになっています。
以上で述べたように、建替えは区分所有者の共有財産であるマンションを一度解体したうえで、新しい建物を建築する行為であるため、現在の区分所有法では、建替え決議を進めるためには以下の3つの点に注意する必要があります。
ⅰ.建替え決議の招集に際しては、議案として定めるべき事項と通知すべき事項が法律において定められている
ⅱ.建替え決議集会は、集会の会日の2月以上前に招集する
ⅲ.建替え決議集会の1月以上前に、通知事項についての説明会を開催する。
4.まとめ
江戸川アパートでは、2000年の秋のコンペを経て旭化成が事業協力者として内定した後、理事会の承認を得て建替えに向けた合意形成の準備に入った後、区分所有者に対するアンケートや個別面談等を経て計画案を策定し、2002年の3月に建替え決議を行い、2003年の夏に工事着手の後、2005年に新しいマンションが完成しました。再建後のマンション(アトラス江戸川アパートメント)は本稿執筆時点で築後19年を迎えますが、良質なマンションとして管理されているようです。
なお、江戸川アパートの建替えは20年以上前の話となりますが、建替えの過程で経験した様々な出来事はこれからの建替えにおいても参考となることも少なくないと思います。そこで、江戸川アパートの建替えで経験したことを何度か連載させていただきます。